衣食住の衣という言葉ははなぜ最初(先頭)にくるのか?

衣食住と聞いて、衣という語句がなぜ先頭にくるのか、その訳を知りたいと思ったことはないですか?

私たちは不思議でなりませんでした。

先頭に位置しているぐらいだから、それなりの理由があるに違いないと思っていました。

ウンウンとグループで頭をひねっていたとき、

「衣」を衣服と限定して解釈するのではなく、「まとう」という意味にまで広げてみればいいんじゃないかと。

そこを突破口として、何かが見えてきました。

言葉の意味を掘り下げることによって、異なる側面が顔を現したのです。

以下にご説明しますが、キーワードは自己と外部となります。

衣食住ということばのそれぞれの語の共通項は社会性であったことは別のところでお話しました

「社会性」をキーワードに別のところで衣食住についてエントリーしたことがあります。

詳しくはこちら

衣食住の意味。大切なことは私たちはひとりで生きてはならない

次のように解釈しました。

  • 衣とは、社会への参加
  • 食とは、社会での認知
  • 住とは、社会的地位の確立

人はひとりでは生きてはいけません。

野生の王国において、単体ではあまりにか弱い存在。

それがヒトです。

ゆえに、生き延びるために共同体を組織します。

個人は生きのびるためには共同体に参加しなければならないのです。

共同体(集団組織)への参加であるために自ずと社会性の獲得が要請されます。

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  • 衣とは、社会性獲得への第一歩として必要不可欠なものです
  • 食とは、栄養の補給を別にすると社会性を増やすための重要な行為です
  • 住とは、社会での居場所の確立や顕示における重大な指標です

衣食住のどれもが社会性獲得のために必要不可欠であり、どれもが同じくらいの重さを持っていると考えます。

ここまでが別のところで書いたエントリーの要旨となります。

語呂がいいので衣が最初に来たのだろうか?

もしかしたら、

単なる語呂合わせや語調の良さから衣からスタートするのがいいのかなとかとも考えました。

いろはの「い」だから。

もちろんそのような単純な理由ではないはずです。

重要だから、最初に、先頭に位置すると思っていましたが、

そうではなく、その語句がスタート(始点)であるから、その位置に配されているのではないか?

その線で考えを進めることとしました。

衣食住の本来的な意味をもう一度見直してみました

衣食住とは生活の基盤を意味します。

言いかえるならば、人が生きるうえで外すことのできない構成要件であります。

必要である基本的な要件を単純に生命を維持するためのものと狭く見るのではなく、もう少しばかり想像を広げてみようと思いました。

ひとが生きるとは「個」として生きるということです。

集団でないと生き延びる可能性が限りなくゼロに近づきますが、

だからといって、「集団」の人生を歩むことはできません。

あくまで、個人の「個」としてのそれぞれの人生を生きるのです。

「個」とは他人とは違った「単独性」にほかなりません。

「あなた」でもなく「他の誰」でもなく、この「わたし」となります。

「わたし」とは唯一無二である「自己」のことです。

であるのならば、

生きる上での「必要な基本的な要件」とは「自己の確立」と読み替えることができるでしょう。

ここでは自己の定義については問わないこととします。

「自分」「自意識」「自我」との連関において「自己」を語ることは本稿の趣旨を逸脱することとなり、書き手の能力を超えるからです。予めご了承ください。

柄谷行人からの影響
本エントリーにおける自己や個に関する考え方は、思想家柄谷行人の影響を深く受けております。単独性という概念は本当に独創的的な解釈です。機会があればぜひ思考の深淵に触れてみてください。

自己が確立するための3つの段階について

自己は自らの確立に向かって3つの段階を経ると考えます。

次のとおりとなります。

  1. 衣=まとうという段階
  2. 食=維持・成長する段階
  3. 住=確立する段階

順番にみていきましょう。

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衣とは「まとう」という段階である

世界の構成についてごくごく単純化して以下、お話していきます。

極端な二元論ですが、世界は自己と外部から構成されていると仮定します。

生まれたばかりの生身の自己は否応なく外部と遭遇(接触)するはずです。

この遭遇は生まれたばかりの脆弱な自己にとっては大変に厳しいものに違いありません。

なぜなら、世界=自己が全くの誤りであったと、自らの存在性を根底から揺さぶられるからです。

そのリアクションとして何らの躊躇もなく、防御態勢を取ります。

つまり自己は「まとい」始めるのです。

裸を嫌がり「何か」を己に巻きつけようとします。

その何かは多岐にわたります。

  • 社会的な作法
  • クッションとしての仮面
  • 演じるためのキャラクター

実に様々なものをまとうのです。

生活面においては言うまでもなく「衣服」を身にまとうこととなります。

食とは、維持・成長する段階である

外部との直接の接触を回避しながら、

自己は拡大・増強しようと試みます。

いわゆる、成長です。

このような維持・成長するというプロセスは「食」という言葉に象徴的に表現されていると言えるでしょう。

内に取り込み、肥やしていく運動です。

生活面においては「食物摂取」や「社交としての食事」として理解されることと思います。

住とは、確立する段階である

成長を経て、最後は確立の段階に到達します。

外部におけるポジションや「他の自己」との距離や姿勢をはかりながら、安定化へと向かおうとします。

安定が目指されるために、堅牢な構築が試みられることとなります。

生活面においては「社会的地位の象徴」や「安息の地の具現化」としての「住い」となります。

先頭語としての衣

以上が衣食住という言葉において衣が先頭に位置する理由となります。

生きる上での「必要な基本的な要件」は「自己の確立」と読み替えることができると仮定して話を進めてきました。

  1. 衣とは、自己が外部と遭遇する段階
  2. 食とは、自己成長(維持)する段階
  3. 住とは、自己が確立する段階

ゆえに、衣食住という語においては、食住衣でも、住衣食でもなく、必然的に「衣」が最初に位置しなければならないのです。

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